今日から半世紀程前の記憶を遡りますと、当時は全くの異業種からの参入でLPガス業界に就職を致しました。
正直、若かった事やLPガスの業界自体が未経験だった事もありまして、最初は「LPガスの会社なんて…」、と思っておりました。
最初の1年間は環境や業務に追われての毎日でしたが、徐々に慣れ始めてからは最初のイメージは払拭され、無事に3年間が過ぎてゆきました。
又、その3年間で触れ合ったガスユーザー様、取引先企業様との関係を構築してゆくなかで、営業職に興味を持ち、営業職へ配属を致しました。
ただ、残念ながらその当時は社内に目標とする上司はおりませんでしたが、弊社の取引先の商社マンの営業スタイルに強く惹かれ、営業職としての目標を見付ける事が出来ました。早くあの人のようにバリバリ仕事がやりたい!!!そして、
完全飛込み営業の日々へ突入致しました。
それからの毎日は地元の工務店や不動産、住宅の建売り会社など様々な建設会社様へ訪問するもしばらくは挫折感を味わう毎日でした。
何が足りないのかを理解出来ないままで月日も経過してゆくなかで、法人企業様へ飛び込む事が嫌になり、時には恐怖を感じる事もありました。
そんな時に私が目標としていた営業マンや取引先メーカーとの同行営業やその方々の後押しもあったと記憶をしておりますが、1社、2社と取引先も増えはじめ、それが自身の自信にも繋がりました。
断られて素直に了承するのではなく、取引をして頂く為には何が足りなくて、何が必要かを最優先に考え、克服する事に視点を置いたスタイルへ変えた結果、様々な提案や経験をする事が出来ました。
さて、国内の情勢に目を向けますと、阪神淡路大震災が起こる以前くらいからオール電化などの影響を強く受けておりましたが、その震災以降から記憶にも新しい東日本大地震、昨今の異常気象に伴う自然災害が続くなかでの原子力発電又は原子力の廃炉への不安などからオール電化住宅などでエネルギーを一元化(単一化)したことのデメリットが震災や災害毎に問題となり、不自由ささえ感じる背景となってきました。
その反面でLPガスはどのような事態であっても重要なライフラインの一部となるような位置付けとなり、国や地方自治体にも認識の変化が出て参りました。
ご周知の通り、平常時から災害時までLPガスは皆様の大切なライフライン網として活躍中で御座います。
LPガスは災害後の二次災害で電気や水道が断線、断水した場合についても、利用可能な安全な状況下である場合にはガスコンロの利用や給湯機器の利用が可能(点検後)で御座います。
そのようなフレシキブルな対応や提案が出来るのはLPガスならではの強みであると実感し、「ガスで出来る事はガスで、電気で出来ることは電気で」今後もガスと電気のベストミックスな提案をしてゆきたいと考えて居ります。
代表取締役 熊谷 輝幸.